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「十二人の怒れる男」

2007.07.27 (Fri)

7月29日(日)  は、参議院選挙の投票日 ですね。
毎日の生活では 「 主権は国民にある 」 ことを意識せずに暮らしているかもしれませんが、
それを改めて意識させられるのが、選挙の時とこの映画、

十二人の怒れる男 ( 1957年/アメリカ 原題:12 ANGRY MEN )
【監督】 シドニー・ルメット
【製作】 レジナルド・ローズ/ヘンリー・フォンダ
【脚本】 レジナルド・ローズ
【出演】 ヘンリー・フォンダ/リー・J・コッブ/エド・ベグリー
    /マーティン・バルサム/E・G・マーシャル/ジャック・クラグマン
    /ジョン・フィードラー/ジョージ・ヴォスコヴェック
    /ロバート・ウェッバー/エドワード・ビンズ/ジョセフ・スィーニー
               /ジャック・ウォーデン


さて、その内容は・・・?

More・・・

それは、猛暑に見舞われたある夏の日のこと。
お互いの名前も職業も年齢も知らされず、密室に集められた 12人の陪審員 の男達。
彼らに課せられた審議は、18歳の少年による、父親殺しの第一級殺人事件。

有罪 か? 無罪 か? 現状証拠と数々の証言が物語る、犯人の痕跡・・・。
陪審員の誰もが、少年は有罪だと確信するその中で、ただひとり疑問を唱える男が。

最初の投票は、有罪11票 - 無罪1票 。  陪審員制度の原則は、全員一致の評決。
果たして、彼らは評決に至ることができるのか・・・?




皆さんもご存知の通り、これぞワンシチュエーションドラマの先駆け、古典的傑作ですよね!
十二人の怒れる男 は、50年経った今でも多くの信奉者の心を捉えて離さない
裁判ドラマのお手本的作品。 
狭い密室での緊迫した会話のやりとりだけで物語が進行していく 1時間30分 は、
まさに神業的と言えるでしょう。

しかし、わたしが考えるこの映画の魅力は、その奇抜な設定とアイデアだけではありません。
その根底に流れる 民主主義の原則 、つまり全員が妥協せずに納得できるまで
「 話し合う 」という姿勢 を、徹底的に追求し表現しようとした、その心意気だと思うのです。

しかし同時に、議論の追究には果てしない忍耐が伴い、人が人を裁くことが
いかに難しいことであるかをこの作品は語ってくれます。




番号だけで呼び合う12人の陪審員。
個人的な情報を全て排除した中で見つめるものは、ただひとつ 「 真実 」 だけ。
そして、投げかけられた、ひとつの 「 疑念 」

証拠に疑問をもつ者、 話し合いを仕切る者、 感情的で怒りっぽい者、
頑固な偏見をもつ者、 自分の経験だけでものを言う者、
人の考えに興味をもつ者、 面倒くさがる者、 人の話を聞きたい者、 聞く耳をもたない者、
人の意見に流されやすい者、 ただ冷静に耳を傾ける者、 臆病な者・・・。




観客は、バラバラな彼らが本当に考えをまとめることができるのかと、
ハラハラせずにはいられません。 
それはまるで、スクリーンを見ている自分が 13人目の陪審員 になったような気分。

そうして議論が進むうち、浮き彫りにされていく彼らの性格や職業や過去を知ることで、
人間がいかに迷いやすく、過去の経験や偏見に左右されやすく、
思い込みが激しい生き物であるかということに、気がつかされるのです。
しかし、全てはそこから始まっていくことを、映画はちゃんと語ってくれています。




さて、映画の冒頭には、何気ないように見えて大変印象的なこんなシーンが。

陪審員たちが審議室に入って間もなくのこと、そのうちのひとり、白いスーツに身を包んだ
ヘンリー・フォンダ が、部屋の 一番奥の窓辺 から外を眺めています。
他の者たちがあれこれ雑談を交わしている中、次のシーンでは先程とは違う
一番手前の窓辺 から外を見ている彼の姿が。
そこへ、ひとりの男が近寄り、何を見ているのかと声をかけるのです。
「 ウールワース・ビル? 」
「 そうだ 」
「 おかしいね。いつも見るが中は知らん 」


ウールワース・ビルとは、1913年に立てられた60階建の高層ビルのこと。
当時のニューヨーク摩天楼を代表する建築物のひとつでもあります。

絵葉書になるくらい、あまりに有名なゴシック建築のビルの外観は、
よく見て知っているはずなのに、その中の様子など全く知る由もないと話す男。
そして、あえて場所を移動して、“ 2つの窓辺 ” から景色を眺める男・・・。
ああ、なんとワクワクさせる伏線ではありませんか!

目に見えることが、「 真実 」 とは限らない。
“ 違う窓 ” から見れば、また違った景色が目に飛び込んでくるかもしれない。
まるで、「 真実 」 とは知ろうとしなければ見えてこないものだと 言いたげな
冒頭のシーンを見るたびに、その後の展開を思い浮かべながら思わずニヤリとせずには
いられないんです。




十二人の怒れる男 は、裁判映画の草分け的存在というだけでなく、
民主主義のもとで徹底した議論を交わす大切さをも謳い上げた一本。
だからこそ、12人の陪審員が裁判所を後にするラストシーンは、50年経った今でも、
観る者すべてを開放感と充実感で包み込むのかもしれません。

そうはいいながら、忙しい日常生活の中では納得できるまで話し合うなんて、
なかなか余裕もないし、ちょっと難しいぞっ(笑)。
社会の一員として、国に言いたいことのひとつやふたつあったとしても、
どうせ無駄だとあきらめてしまったり、面倒くさがったり、無関心を装ってみたり・・・。
あれれっ? う~ん、なんだかそれって映画に出てくる陪審員たちに似てはいませんかぁ?
だからせめて選挙の時くらい、清き一票 でしっかり意思表示しなくちゃねっ!

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テーマ : 映画感想 - ジャンル : 映画

00:03  |  クラシック名画  |  Trackback(0)  |  Comment(4)

Comment

“事実”と“真実”の間に・・・

おはようございます。今度はどんな作品をと楽しみにしていましたら、シブい1本を出してこられましたね!

本作のオリジナルはビデオ録画普及以前、TVドラマ草創期の生放送ドラマで、放映時に評判だったようです。それを観たH.フォンダが同じシナリオで自ら主演、新鋭ルメットに撮らせた訳です。TVにスターは出演しない時代、この映画化は大成功。同時期にアカデミー作品賞をとった「マーティ」も同じケースでした。

画質が悪く背景に予算がかけられず、生放送という制約があった当時のTVドラマは徹底したクローズアップ。俳優の顔のアップを主体につないでいくしかなかったし、画面上等身大になるため効果的でもありました。ディスカッションドラマには有効だった訳です。この作劇と演出は劇場映画としても新鮮だったようですね。

よく「真実はひとつ」と言われますが、私は「“事実”はひとつでも人間の数だけ“真実”はある」と思います。本作の面白いところは、事件の事実としての真相をカメラは追っていないことにもあります。ひょっとしたら少年は本当にやっていたかもしれませんが、ドラマの主題はそこにはないのです。最近では「それでもボクはやってない」が同じ構造ですね。
Carolitaさんが書かれたように、徹底した議論で客観的に事実を検証し、複数の真実の中から最も合理的な選択するという民主主義の基本姿勢を問うドラマだと思います。だから、Carolitaさんが「裁判員制度」でなく「選挙」に結び付けて記されたのは納得感があるのです。(長くなってごめんなさい)
kaoru1107 |  2007.07.28(土) 06:07 | URL |  【編集】

こんばんは!

★今夜は選挙速報一色ですね。予想どうりとはいえ、ここまではっきり結果として
現れてくると、今後何かが変わってくれることを願うばかりです。

さて、この映画が生放送TVドラマだったとは驚きです。
見ているほうは、当時ハラハラしたんでしょうねぇ~っ(笑)
kaoruさんのおっしゃるように、「“事実”はひとつでも人間の数だけ“真実”は
ある」のかもしれませんね。
だからこそ、相手の立場に立とうとする努力と議論が必要なんだと思うんです。
ただお互い人間だから、その言い方が難しい(笑)

11人の陪審員がひとりひとり納得していく過程は、本当に見ごたえがありますよね。
密室での議論だけなのに、最初に考えた人はすごいなぁ~。
この作品は後に様々な作品に影響を与えていますけれど、いまだに『十二人の怒れる男』を
超えるものに出合った記憶がありません。これぞ正真正銘の名作ですね!
Carolita |  2007.07.29(日) 23:58 | URL |  【編集】

Carolitaさん、お久しぶりです。
旧名作から新作まで続々とご覧になられてて、さすがですね。
いつも拝読させて頂いてました。
私はここしばらくは、深く感銘を受ける作品に出会ってから後、記事を書きたい気持ちになれず、よそ様のお宅にお邪魔する日々を送ってます。

Crolitaさんの記事のお陰で、十代後半にTVで観た時にすっかり感動した記憶が蘇りました。
それで当時、夏休みの宿題かなにかの感想文の為に、原語のノベライズ本(たぶんですが)を街の本屋さんで見つけて読んだほどでした。
もちろん辞書片手に(必死で…笑)
映画も遠い記憶ですが、狭く蒸し暑い一室で(夏でしたか?)、陪審員一人一人の人間性まで浮き彫りになり、見応えありましたよね。

>「 真実 」 とは知ろうとしなければ見えてこないものだ
まさにそうですね! いつもながらcarolitaさんの鋭い視点に感動です。
まだ世間知らずの頃でしたが、他人事ではない、おろそかに考えてはいけないんだな…と怖くなったことも思い出しました。
日本の裁判制度も新しい局面が近づいてますね。
時間は必要でしょうが、起訴イコール有罪という悪習が真実という正義によって淘汰されることを期待したいです。
ではまたお邪魔させてくださいね。
fizz♪ |  2007.07.30(月) 02:33 | URL |  【編集】

お返事遅くなりましたっ。

★fizz♪ さん、ようこそお越しくださいましたっ♪
そうなのですね、深く感銘を受けた作品に出会われたとのこと、
しばらく放心状態で、次の記事に取り掛かれないそんなお気持ち、
うんうん、とてもよく分かる気がします。

自分の中で感じたものをすべて吐き出してしまったら、
書きたいことが溜まるまで、それなりに時間がかかったり。
実は、わたしもよくそんな気分になりますよ。 
そんな風に、離れる時間を過ごすことも大切だなぁと思うんです。
きっとそれを繰り返しているから、fizz♪ さんはステキな記事をお書きになるんだと思うなぁ。

おお!思い出していただけましたか? 温かいお言葉、恐縮ですっ。
十代の頃にご覧になられたとは、それは相当衝撃だったでしょうね!
正確に夏!というセリフはたぶん無いのですけど、やたら陪審員がエアコンが効かないとぼやき、
暑い暑いを連発していることから、おそらく「夏」だとにらんでます(笑)

英語のノベライズ本とは、想い出深いエピソードですね。
きっと日本の陪審員制度導入の時期が近づいたら、改めて皆さんがこの作品を
思い出すかもしれませんが、その時に見れば、また印象が変わるかもしれません。
fizz♪ さんのおっしゃるように時間がかかるかもしれませせんが、
この制度が加害者でも被害者でもない“第三の目”として真実を見つめられますように願っています。
Carolita |  2007.08.01(水) 22:52 | URL |  【編集】

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